一般に、精神疾患の発症には「生物学(脳科学)的側面」、「心理的側面」および「社会的側面」の3つの要因が関与しています(図1)。治療に際しては、それぞれの側面に対して適切な方針が立てられ、たとえば「生物学(脳科学)的側面」には薬物療法、「心理的側面」には心理療法(カウンセリングなど)、そして「社会的側面」にはグループセラピー(リワークプログラム(復職支援デイケア)などによる社会適応の向上)や精神保健福祉相談(生活面の援助)が選択されます。
1.薬物療法
精神科で用いられるお薬は、一般に「向精神薬」と呼ばれます。
病気の発症に生物学(脳科学)的背景が考えられるときは、治療の第一歩として「向精神薬」による薬物療法が選択されます。
〇抗うつ薬
うつ病・うつ状態のときに、憂うつな気分や意欲の低下を改善するために用いられます。
睡眠を改善するために用いることもあります。
〇抗不安薬
比較的弱めの安定剤です。不安な気持ちや緊張を和らげるために用いられます。
〇抗精神病薬
比較的強めの安定剤です。幻聴や妄想(病的な思い込み)を改善するために用いられます。
うつ病や躁うつ病の治療に用いられることもあります。睡眠を改善するために用いることもあります。
〇気分安定薬:
躁うつ病のように気分の波が大きいときに用いられます。
〇睡眠薬:
不眠のときに用いられます。
「寝つきが悪い」「夜中に何度も目が覚める」「熟睡感が得られない」など症状によって適切な薬が選ばれます。
2.心理療法
病気の発症の背景として心理的側面が強く伺える際は、心理療法が選択されます。
心理療法では、患者さんの生育歴、性格、家族構成、対人関係の取り方、考え方のクセ、行動パターンなどをテーマに扱います。
いくつかの治療的なアプローチ法があります。どのアプローチが適しているかは患者さんによって異なりますので、担当心理士と相談して決めることになります。
〇来談者中心療法(クライエント中心療法)
この治療法は、臨床心理士が患者さんの話をよく傾聴し、患者さん自身がどのように感じどのように生きつつあるかに真剣に取り組んでいくことを促すことで、患者さん自らが気づき成長していく、というアプローチを取ります。
〇精神分析療法
この治療法は無意識(自分の心の中にあるが、自分では意識できない心の動き)に着目します。
具体的には、患者さんの心に浮かんだ一連の自由な連想を言葉にしてもらいながら無意識(心の奥底)を分析していくアプローチを取ります。
〇認知行動療法
患者さんの自助力(セルフヘルプ)の回復や向上を目的とする問題解決型の心理療法です。患者さんが今現在抱えている問題の全体像を一緒に理解した上で、具体的な面接目標を立て、目標達成のために様々な技法を用いることがその特徴です。よく使われる技法には、たとえば「認知再構成法(ネガティブな考え方を自分で修正するための方法)」や「リラクセーション法(心身の過緊張をセルフコントロールするための方法)」などがあります。
〇マインドフルネス
マインドフルネスとは、(自動的に生じる)自分の思考や感情に巻き込まれずに、それを外から客観的に観察することを促す治療法です。“今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観る”ことを目指します。
ここで言う“観る”とは、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる、さらにそれらによって生じる心の働きをも観る、という意味です。
3.2 精神保健福祉相談
国家資格(精神保健福祉士)を有する専門家が担当します。
患者さんの置かれた状況を把握して、利用できる社会資源を提案したり、生活面の援助を考えたりします。
(参考文献等)
・一般社団法人日本臨床心理士会HP(http://www.jsccp.jp/)
・日本マインドフルネス学会HP(http://mindfulness.jp.net/concept.html)
・ストレスに負けない生活.熊野宏昭.ちくま新書.
・こころが晴れるノート.大野裕.創元社.
(文章:院長 有馬 秀晃)
心理検査
精神医学領域では、患者さんの状態を評価、把握するために様々な心理検査が施行されます。
評価対象となるのは、「性格・気質」「知能」「認知機能」「抑うつや不安など特定の症状の程度」などです。
代表的な心理検査には、次のようなものがあります。
〇BDI-Ⅱ
Beck Depression Inventory 2nd Edition
BDIテストは、初めて認知行動療法理論を始めた、アメリカのペンシルバニア大学の精神科医アーロン T ベック博士によって考案されたもので、抑うつの程度を客観的に測る自己評価表です。定期的に BDI テストを行うことによって、自分自身の気分の傾向を数値として測定します。自分自身を客観的に見つめることができ、うつ病判定のひとつとして利用できます。
〇BSDS
Bipolar Spectrum Diagnostic Scale
2005年、双極スペクトラム(図2)の診断を目的にGhaemi らによって開発された自己記入式スクリーニングツールです。双極Ⅰ型・Ⅱ型・特定不能に対しほぼ同等の感度をもちます。双極性障害患者が一般に経験する気分変動や躁・うつ症状を記述した19文から構成され、全体がどの程度自分に当てはまるかを評価するもので、10 分程度で実施できます。陰性的中率が高く、抗うつ薬治療導入を検討する際の判断材料となり得ます。MDQ と併用することで検出感度が高まることが期待されます。
〇AQ-J
Autisum Spectrum Quotient – Japanese version
現在の辛い症状が、不安・焦燥感、不眠、気力低下などだったとしても、患者さんの背景に自閉症スペクトラム(類義語:発達障害、アスペルガー障害など)の疑いが拭えないようなことが臨床上よくあります。この検査では、成人で知的障害を伴わない自閉症スペクトラム(類義語:発達障害、アスペルガー障害など)への当てはまりの程度をスクリーニングします。50問からなる自記式検査で、「社会的スキル」「注意の切り替え」「細部への注意」「コミュニケーション」「想像力」などを能力をアセスメントします。
〇ASRS
Adult ADHD Self-Report Scale
成人期のADHD(注意欠陥多動性障害)の自己記入式症状チェックリストです。
〇WAIS-Ⅲ
Wechsler Adult Intelligence Scale, 3rd Edition
成人期においてよく使われる知能検査のひとつです。
知能指数(全IQ)を算出する以外に、下位の14項目の要素を測定できるため、患者さんの知的能力のプロファイルをみることができます。
そのため、自閉症スペクトラム(類義語:発達障害、アスペルガー障害など)の診断補助目的に使われることがあります。
測定される下位項目は次のようなものになります。
・言語性IQ
これは、これまでの経験や学習の中で蓄積してきた結晶性知能の評価尺度のことです。
これまでの生育環境や学習環境、社会階層などに影響を受けやすいと言われています。
具体的には「知識」「類似」「単語」「理解」「算数」「数唱」「語音整列」などに分かれます。
・動作性IQ
これは、目の前の状況に対応できるかという流動性知能を測定する評価尺度のことです。
生まれつきの能力に影響されることが大きく、後天的な学習活動や教育環境の影響を受けにくいといわれています。
具体的には「絵画完成」「絵画配列」「積木模様」「記号探し」「符号」「行列推理」「組み合わせ」などに分かれます。
〇HDS-R
Hasegawa dementia rating scale-revised
認知症のスクリーニングに用いられる検査です。
認知症では見当識、記憶、理解力などが低下します。この検査では、認知機能の様々な側面を検査するために次のような項目の質問をします。
「年齢」(見当識と遠隔記憶を評価します)
「日時の見当識」
「場所の見当識」
「3つの言葉の記銘」(記憶には、記銘ー保持ー想起の3つの段階がありますが、短時間での記銘力について評価します)
「計算問題」(記憶力とワーキングメモリ(作動記憶)を評価します)
「数字の逆唱」(短期記憶と指示に対する理解力を評価します)
「3つの言葉の遅延再生」(記銘したことを保持し、即時に記憶を呼び起こせるか、想起できるかを評価します)
「5つの物品記銘」(視覚情報の記憶と即時にその記憶を呼び起こせるかを評価します)
「野菜の名前想起」(野菜という単語から想起する能力と、流暢に話が進められるかを評価します)
これらに追加して、空間認知能力を評価するために「立体図形」や「時計の針」を描いたりもします。
(参考文献等)
・日本版BDI-II ベック抑うつ質問票 Beck Depression Inventory-Second Edition.原著者:Aaron T.Beck, Robert A.Steer, Gregory K.Brown.日本版作成:小嶋雅代,古川壽亮.日本文化科学社
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(文章:院長 有馬 秀晃)